当時の村勢要覧によれば、大正七年に白浜温泉土地株式会社が設立され、この頃から白浜地区に宅地が造成され始めた。
温泉が掘削されるとともに、多くの旅館や別荘などが建築されはじめた。

続いて東白浜地区にもホテルや旅館が建設されるようになり、昭和八年度には、湯崎・白浜・古賀浦などを含めて大小併せて四十八軒にも達した。

しかし、当時の旅館は収容人員が二〇人~三〇人という小規模なところが多く、中堅旅館でも四〇人~五〇人という状態であった。当時の代表的な旅館であった白良荘や桃の井旅館でも収容数、百人を少し上回る程度であった。

それから五十年を経て、白浜温泉は発展に継ぐ発展を遂げたが、旅館業界の浮き沈みも激しく、今では当時の旅館で残っているのは柳屋と湯崎館の二軒のみである。旅館業を辞めた後も郷上に残っている方々も居られるし、他町村へ移住した方々もおられるが、この人々は、かつて白浜温泉のために大きな貢献をされた方々である。それらの人々を顕彰するために、昭和八年度村勢要覧による旅館名簿を記録してみよう。

《 湯崎地区 》

桃の井旅館 (河本 石松)
崎の湯旅館 (若田 大二郎)
湯 崎 館 (森 いせの)
酒 井 屋 (酒井 淳)
川 口 屋 (川口 四郎兵衛)

栖 原 屋 (川口 嘉次衛門)
米栄旅館  (藤村 市次郎)
き く や (菊原 槌松)
有 田 屋 (三木 善右衛門)
黒潮ホテル (江川 儀一)

稲 荷 館 (不 詳)
柳屋旅館  (湯川 喜代松)
淡 路 屋 (川口 駒吉)
田 辺 屋 (宮本 善四郎)
東 郷 館 (東郷 たつ)

【 小計 一五軒 】


《 白浜地区 》

温泉ホテル (浜崎 義種)
白 浜 館 (湯川 富三郎)
白 良 荘 (雑賀 熊楠)
藤 井 館 (藤井 ふさえ)
みどり 館 (山崎 長吉)
臨 海 楼 (不 詳)
名 倉 屋 (名倉 トク)

電気旅館  (長野 延次)
銀翠旅館  (楠 周蔵)
錦 城 館 (高田 善一)
浪 花 館 (浪川 勝三郎)
乙女別 荘 (豊原 光枝)
入船アパート(岩城 兵八)

俵 屋   (糸川 清一郎)
太 平 洋 ( 白石 松枝)
大 黒 屋 (竜神 悦蔵)
ね じ 正 (中島 仲蔵)
白浜山荘  (大江 孫四郎)
中川静荘  (中川 四郎蔵)

【 小計 一九軒  】


《 東白浜地区 》

浦 島 館 (島 馬吉)
白浜ホテル (佐々木 賢一郎)
対 山 荘 (増田 トク)
宇 治 屋 (川村 米次郎)
竜 宮   (家村 捨吉)

海 月   (正木 かるゑ) 
川久花壇  (宮川 勇)
楽 々 荘 (沼野 二郎)
秋 平   (鈴木 サキ) 
望 月   (佐藤 虎吉)

な ぎ さ (真鍋 八重子)
別 天 地 (村尾 幸助)
大 浦 荘 (長谷 透)
古賀浦荘  (村上 義信)
柴 明 荘 (木村 菊三郎)

(注)大浦荘は五部屋で定員二〇名