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瀬戸鉛山村の相撲について

学生相撲のこと

紀南の学生相撲大会がいつ頃始まったのかは知らないが、会場は田辺商業学校。田辺中学校・熊野林業学校・高山寺相撲場 …

その他の方々

江津良に三木与平という人がいた。大柄ではなく右腕が少し奇形であったが、滅法力が強く彼の右腕で抱えこまれると相手 …

田野清一郎

田野氏は瀬戸四丁目で、明治三十五年、田野清蔵と妻はんの長男として生まれた。彼の兄弟は男ばかり八人で、それぞれ頑 …

十河唯右衛門

この人は瀬戸四丁目(江津良)の十河宗太郎・みねの三男として生まれた。父宗太郎が若死にしたので、十五歳のとき弟た …

三瀬研介(瀬戸ケ崎)

この人は明治二十九年、瀬戸の三瀬勝三の三男に生まれた。彼の活躍した時代は大正四、五年頃から大正の終わり頃までで …

辻本定雄(早千鳥)

明治二十六年十二月湯崎にて生まれる。湯崎小学校を卒業してから、旅館「酒井家」出身の叔父が広島県宮島町の大巌寺の …

鈴木新五郎

明治二十五年、湯崎で生まれた。母は「おきそ」。彼の四股名は金ケ崎といって紀南地方ばかりでなく県下でも有名であっ …

正木善吉

瀬戸の相撲取りの元祖はこの人であろうか。明治十一年、綱不知の正木定吉の長男として生まれたが、父が若くして亡くな …

大正時代の相撲風景

戦前のスポーツの花形は相撲であった。体力を鍛えるのも相撲なら、娯楽として楽しむのも相撲であった。たいていの学校 …

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